・Eat me carefully・
「あれと、これと、そっちと…それからこっちのコレもだぞ、と」
普段より早く仕事を上がれたその夜、夕飯ついでに軽く飲んだ帰り道。
酔い覚ましに少し遠回りしてルードの塒へ二人で帰る途中、石畳の上を軽やかな靴音を立てて歩くレノの足がぴたりと止まった。
「どうした」
道路を挟んだ通りの向かいに小さなケーキショップがあった。閉店間際なのか、目印の看板の灯りは既に落とされ、表に出ていたメニュー表の板を店の中へ入れようとする従業員の姿が見える。
「あれ、買ってこーぜ」
ルードの方を見て一度にかっと子どものように笑うと、レノはルードの返事も待たずに道路へと飛び出して行った。
「レノ!」
ルードが前方不注意も甚だしい大きな子どもの腕を慌てて引く。道路へ駆け出そうとしたレノのほんの目と鼻の先を大型のトラックと罵声が同時に通り過ぎて行った。
「おぉっと…」
助かったぞ、っと。再びルードの方をあっけらかんと見つめて笑いながら、レノはひらりと身を翻して道を渡った。渋々その後を追うルードの気も知らず。
そうして閉店間際の店に堂々と滑り込んだレノは、色とりどりのスイーツの並ぶガラスケースに両手をぺったりとつけてしばらくそれらをじっと見つめていたかと思うと、片っ端から売れ残りのそれらを指差して店員を右往左往させた。
定番の生クリームと苺のショートケーキ、マンゴーとココナッツ風味のクリームのケーキ、何枚ものクレープに特製ダブルベリーソースとカスタードクリームとフルーツを重ねたクレープ生地のケーキ、くるみと木苺のタルト、キウイに桃に洋梨に、様々なフルーツのババロア、さくさくのクッキー生地の上に乗ったこの秋限定モンブラン、たっぷりとチョコレートクリームを使った生チョコレートとイチジクのケーキ…――。
どれも売れ残りにしておくには惜しいラインナップだった。店員によって綺麗に箱詰めされてリボンをかけられたその大きな荷物を持つ役目をルードに押し付け、買った―というより買ってもらった―当の本人は飄々とルードの先を歩いている。
「帰ったら、食おうな、コレ」
「お前…一人で食べる気か?」
「それは無理だな、っと。俺は一個だけ。残りは全部アンタが食うの」
前を行くレノが立ち止まる。箱を持って歩み寄るルードの胸元をつい、と指差して、鮮やかに笑った。
「…どうして」
「アンタ、あーいうの、好きだろ?と」
上目遣いに、サングラスの奥の瞳が当惑するのを見透かすように、見つめる。
「だから、なぜ」
なぜそれを知っているのかと問うと、レノはくはっと白い吐息の塊を吐き出しながら笑った。
「だって、ルード、お前すげー美味そうに食うんだもん」
見てりゃ、わかるぞ、と。
笑いながらひらひら胸元に突き出した手を振って、走り出した。一つに結わえた赤い髪の先が、レノがくるりと振り返るのと同時にルードの頬を掠めて撫でる。
ルードは甘いものが好きだった。昨今若い女性からもてはやされているような類の、所謂スイーツには特に目が無かった。しかし巷で話題の専門店や女性に人気のティールームなどに一人で出入りするのも何となく気恥ずかしい気がして、またそれ以上に、自分のなりが世間一般からどのように見えているのかということを十分に心得ていたこともあって、これまでも中々思うように買い物をすることが出来ずにいたのだ。
まさかそれをレノに気がつかれていたなんて、とルードは驚き、同時になんとも形容のし難い面映い気持ちになった。
先を行くレノは、早く来いとでも言っているのか、ルードの方へ手を振りながら何事かわめいている。
レノが甘いものを大して好んでいないことは以前から知っていた。出されれば食べはするけれど、これまでも自ら進んでそんなものを買ってきたりした試しはない。だからルードは今宵のレノの行動を初めから不審に思っていたのだ。
「どうした、ルード」
ようやく追いついたルードの心ここにあらずな表情に、レノは怪訝そうに問うた。
「いや…」
「早く帰ろうぜ、たくさん食おう」
「あぁ」
「そんで俺の分まで食ったルードを今度は俺が食ってやるんだぞ、と」
そう言って唇からぺろりと舌を出して妖艶に笑うレノは、どんなスイーツよりも芳しい香りと甘い味をしているのだった。
2005/11/14
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