・ひびにちぎれてちぢにおもう---reno・


ルードとセックスする夢を見た。
そこまでは良かった。いや、よろしいだのよろしくないだのといった問題ではないかもしれないが、それはそれ。少なくとも夢を見たその事実もその夢の内容も、今取り立てて気にすべきことではない。
布団の中でまどろみながら寝返りを打つ、二度、三度。目を閉じればすぐ夢の中。夢か現かその間をしばし漂うシーツと羽毛布団の海。甦る力強い腕、骨ばった長い指の、その先、頬をなぞり耳に触れる。何事か囁かれた睦言に小さく笑む。滑り落ちる掌、胸元を擽り腰を辿って落ちる、シーツの上。
ゆっくりの瞬きを二回した。三度目に瞼を閉じた直後、気づいたあらぬ感触にがばとベッドの上で跳ね起きた。
その瞬間頭の中にいる己が「ぅあっちゃあ」と呟いている姿を想像したけれどしかし、実際には声も出なかった。目を覆いたくなるような下着、ズボン、シーツの惨状に、どうして良いかわからなくなったレノはくしゃりと布団の端を握り締めたまましばし呆けた。 どのくらいそうしていただろう、再び我に返ったときには昨晩のうちに予めセットしておいた目覚ましのアラーム音が部屋中にけたたましく鳴り響いていた。携帯電話に小さな置き時計が二つ。古式ゆかしいベル音の鳴る無難なデザインの一つは、寝坊を理由に遅刻を繰り返すレノに痺れを切らしたツォンがあるとき与えたもの。小さな子供向けにデザインされたうさぎの形をしたファンシーな置き時計は、ルードがレノに買い与えたものだった。
ルードがレノとは別行動の任務で家を空けるとき、またレノを起こしてやれない朝のためにと、少し前に時計屋のショウウィンドウの前を通りがかったそのときに二人で選んで購入したものだった。ルードがまさか本気で購入に至ると思わなかったレノは、どれが良いかと尋ねられて迷わず一番愛らしくて一番二人に似つかわしくないそのうさぎさんの目覚ましを指差した。
一つあるから二つ目はいらないと散々ごねたはずなのに、なぜか今レノの手元にはそのうさぎさんの目覚まし時計が置かれている。お蔭様で三種の目覚ましの時間差攻撃にタークスのエースもたじたじだった。ルードのモーニングコール無しでもきっちり目だけは覚めるようになったことは賞賛に値するとレノは思う。ただし今度は目覚ましのセットをし忘れることになって、結局はルードの世話になっているのだから始末におえない。
目覚ましのアラームを全て止めると、部屋には再び静寂が戻った。いつもの朝、ルードが一緒にいるときにはいつもルードがレノを起こしてくれる。けれど今日はいない。勿論そんな朝もある。しかし今日は、いつもと少しだけ違う。
ルードは先日からミッドガルを離れていた。以前魔晄炉建設設計に関わる資料の不正持ち出しの案件で関わった、下請け会社のとある建設会社勤務の男の追跡調査だった。今は定年退職してミッドガルを離れ、北の故郷で悠々自適な田舎暮らしを送っているその男がやり手の産業スパイだったことを知る人間は果たしてどれほどいることだろう。
以前レノたちが一度関わったそのとき、タークスが彼を「消す」ところまでいかなかったことの是非は、未だに神羅上層部でも取り沙汰されることがあるほどだった。
そんな人物の追跡調査である。用心するに越したことはない。一にも二にも慎重であれ、そんな任務である。
日ごろから我こそはタークスのエースであると自負してやまないレノはしかし、慎重を期する仕事というのを何よりも不得手としていた。
ある分野において一般通常人以上の能力を持っているからといって、全てにおいて完璧な人間など存在しない、それもまた一つの真理である。けれどこれは仕事であり任務であり、レノはそれが一度与えられた任務ならばあらゆる手段を用いて迅速かつ確実に仕事をこなすべき立場にあるタークスのエースである。
一度目の打診に二つ返事で引き受けてはみたものの、下準備の段階でやらかしたほんの少しの見過ごし、すなわちミスを見咎められて、結局直前になって今回の任務からは降ろされることとなってしまったのだ。
始める前に任を解かれるという屈辱にプライドをいたく傷つけられたレノは、代わりに任務につくことになったルードに八つ当たりの限りを尽くした挙句そのまま喧嘩別れするような形で彼を北の大地へと送り出す羽目になってしまった。それが今から丁度10日前のことである。
そうしてルード不在のまま11日目の朝を迎えたレノはルードの夢を見た。そこまではよかった。確かに彼をミッドガルから送り出す以前には正直頭に血が上っていた。それをルードもきっとわかっていた。けれどレノのあんまりといえばあんまりな言い様につい売り言葉に買い言葉で、互いに日ごろの勤務態度から果ては積もり積もった日常の鬱憤を晴らすための醜い罵り合いになった。いつもの些細な行き違い。だからルードとしばらくの間顔をつきあわせずに済むこの機会を冷却期間としてこれ幸いと感じていた、はずだった。
それがこの体たらくだ。レノはのろのろとベッドから這い出ると、下着の中の数年ぶりの嫌な感触に顔を顰めながらシャワールームへと向かった。
コックを捻ってシャワーヘッドから噴き出す熱い湯を浴びる。湯が当たった部位の皮膚が瞬時に赤く色づくほど熱い湯で洗い流す、白い液体。
腿に伝い落ちるそれを指で掬って絡め取る。欲求不満のティーンエイジャーじゃあるまいし。この年になってまでまさかこんな目にあうとは我ながら情けないにも程がある。
熱い湯を浴び続けた肌が焼け付くように痛み始めた頃、今度は俯いて冷水に近い温度のそれを頭の上から注いだ。
昨夜も残業だった。ルードがいない間、処理に細々とした注意を必要とする書類の束は二人分のデスクの上に雪崩を起こさんばかりの勢いでたまる一方だった。
効率よく、地道に片付けるという言葉を知らないレノにとっては拷問にも等しい書類整理が、通常の業務までをも圧迫し始めたこの一週間ばかりの間、連日深夜にまで及ぶ残業を続ける羽目になっていた。今日も朝から二人分の書類整理かと思うとさすがに気分も滅入る。
シャワーの水を滴らせて棚引く赤い髪の先を見つめながら、レノはそっと自分の頬に自らの指先を伸ばした。
夢の中でルードに触れられた頬。形の良い薄い唇がルードのお気に入りなことも知っている。
瞳を閉じれば途端に再生される夢と現実の交錯したリアルな映像にレノは慌てて体の上を辿る指を止めた。何も今である必要はない、お楽しみはこれからだ。なぜなら今夜はルードが帰ってくるのだから。
クスリと笑ってレノはシャワーを止めた。



2005/10/11