・ひびにちぎれてちぢにおもう---rude+reno・
今夜には会えると思ってその間電話の一本もいれずにずっと我慢してきた。当然メールだってしていない。
こんなに声を聞かないでいるのは久々のことだった。聞きなれたあの深い、低い、けれどあたたかい響きのある声を。
今日までだと耐えていたから、それが今日も駄目だと言われた途端に胸を掻きむしりたくなるような衝動に駆られた。今夜でなくてはならなかった。今でなくてはならなかった。
そうでなくとも自分たちの間には数日前にやらかした喧嘩別れの名残があった。会って顔を見ればいつものようにまるで何事もなかったかのように接してもらえるし接することが出来る自信もある。
けれど電話は駄目だった。声だけではわからないことが多すぎる。伝えられないことが多すぎる。謝罪の言葉を言うべきなのか、それとも気遣いしている心配しているとこれみよがしに言ってみたほうが良いのか、それともことさらしおれているような風を装ってみるべきなのか。考えてみてもきっと実際に口をついて出てくるのは突っぱねるような言葉だけだろうという気がした。会えば抱きしめる腕がある。キスがあれば言葉はいらない。でもその手段を奪われているとするなら。
「レノ…?」
「あ、いや、ツォンさんから聞いたぞ、っと。災難だったな」
当たり障りの無い話題。一方的に話して、切る。そう、それで良い。どうせ明日には会える。明日からは毎日嫌でも顔をつき合わせることになるのだ。
「事故の影響はたいしたことはないらしい。ただ安全運行のための点検に時間がかかるそうだ。明日の始発で戻る」
「ん…わかった…」
それもツォンから聞いていたから知っている。さぁもう話すことはない。電話を切ろう、勢いでかけてしまったことが悔しかった。敗北が一つ。ただ無性に声が聞きたかった。声が聞きたくて、話しかけて欲しくて、名前を呼んで欲しかった。
「レノ」
続く沈黙を破る声。どきりと心臓がはねる。携帯電話の向こう、ルードと今繋がっている。ルードが名前を呼んでくれる。
「あ…いや、悪ぃ…疲れてるよな、こんな時間だし。もう、切る、からな、と」
「どうした、らしくない。何かあったのか?」
いつになく殊勝なレノの態度にルードが小さく笑ったのがわかった。何か仕事で失敗でもしたのか、ツォンから叱られたりでもしたのかと、ルードは疑っているようだった。
「なんでもねーよ、と」
「そうか」
「…寝てた?」
「そうだな、いや、眠ろうとしたけれど眠れなかった」
「どーしてかな、と」
「……レノのことを思い出したら眠れなくなった」
受話器の向こうから聞こえてきた言葉にレノは飛び上がるほど驚いた。ルードが自分のことを?いったいどういうつもりで言っているのか、混乱した。
「やっらしーこと考えてやがったんだろ、あーあー変態」
けらけらと笑いながら平静を装って聞き流そうとして、続けられた言葉に再びレノは肝を冷やす羽目になった。
「そうだな。『やらしいこと』も考えてた」
「なっ…」
絶句したレノにルードはくすっと笑って「冗談だ」と応じた。
今のレノにとってはたちの悪すぎるジョークだった。思い出されるのは今朝見たばかりの夢。夢の中のくせに何もかもが生々しかったあの感覚を思い起こしただけで肌が粟立ってくるのと同時に、ルードに対してそんな気持ちを抱いたことを見透かされているような気さえしてきて、ますます不快になった。
「ふっざけんな…!!こっちはお前のことばっか…り…」
勢い口に出しかけた言葉。
「俺のことばかり?」
ルードが電話口で微笑んでいるだろうことが想像できて、急速に湧き上がる羞恥心にレノの耳はみるみるその端まで熱くなっていく。
「…――考えたら、止まんなくなっちまって」
「それで?」
促す声は穏やか過ぎた。逃げ場を失ったレノは正直に続けるしかなくなった。
「…声、聞きたかったんだ」
「それだけか?」
「…ちがう…」
消え入りそうな声で言われて、ルードは叶うものなら今すぐにでもレノを抱きしめに行きたいと思った。
ルードの声が聞きたいというレノ。ルードに会いたいと訴えるレノ。声は嘘をつかない。おどけてみせてもふざけてみせても寂しい会いたい今すぐ触れたいと叫んでいた。勿論それはルードの方とて同じだった。
「そうだな、たった十日ちょっともがまんのきかないわがままな子にはおしおきが必要かもしれない」
「どんな…?」
少し怯えた声が響く。不安を抱えて一人でいるレノ。可哀相なレノ。
「まず初めに手を取って指先に口付ける」
ルードは受話器にそっと唇を寄せ、音を立ててキスをする仕草をした。勿論レノの側にもその音は伝わっている。
「ルー、ド?」
「ゆっくり、そう。綺麗なレノの指。桜色の爪。嫌がってお前が手を引く。そこで俺はシャツに手を伸ばす。ボタンを上から一つ、二つ…」
唐突に始められる行為。戸惑いを隠せないレノを追うルードの長い指。一つ、二つ、三つ、四つ、ボタンを外す手つきを見つめる。次は何が始まるの?見上げた所でかちあう瞳。ルードの声に促されるままレノはシャツのボタンを外す。想像の中のルードはレノの肌を丁寧に暴き立てる。
「顕わになった肩を抱く、ぴったりくっつけて、抱き寄せて、離れないように。それから頬を撫でて、ゆっくり。耳に触れる」
言われるがままされるがまま、触れた部分から熱を持つのがわかる。指先はこんなにも冷え切っているのに、体はあつい。
「もう一度キス。額と、鼻先、最後に唇。甘くて蕩けそうなレノのいやらしい顔、もっとよく見せて」
「…ふざけんな…っ」
「ふざけてなんかない。きれいだからもっと見ていたいだけ」
「や…」
やめろ、と言い掛けたレノの唇は再びキスで塞がれる。熱い口付け。深すぎて息も出来ない。
解放されると伸ばされた指先が耳朶から首筋を通って胸を辿る。摘み上げる胸の先、真っ赤に濡れて光る飾り。
「…ん…ふ…」
漏れ聞こえる吐息にルードもまた体が火照るのを感じていた。もう言葉で先導する必要もない。ただ名前を呼ぶだけで良い。
「レノ…」
ベッドの上で全てを一人さらけ出して。レノはルードに没頭する。指を舐める舌はレノのものであって既にレノのものではなかった。
布の摺れる音とひたすらにレノの吐息だけが聞こえてくる。もっと触って欲しい。もっともっと、舐めて、吸って、やめないで。
「ルード…ッ」
小さく名を呼んで、レノが果てた。一方的に上り詰めさせられたレノは我に返った途端、電話の向こうのルードに全てを聞かれていたことが急に意識されてきて、恥ずかしくてたまらなくなった。勿論これまでだってルードとは数え上げきれぬほどの回数体を重ねてきているし、その中にはルードの目の前で『一人で』する遊びを見せることもあった。けれど今日のこれはそのどれとも異なっていたし、異なっていたからこそレノの体はもっとさらにその上を行く快楽を欲していた。
「まだ足りないんだろう?」
言われて見えない相手に向かってこくんと頷く。ひくりと次を期待する入り口が収縮するのがわかった。いつものセックス、ルードは一度レノを先に解放してくれた後、決まってそこへ触れてくるのだから。
白濁を絡み付けた指先を後ろへ伸ばそうとして踏みとどまる。きっとこの先触れてしまえば指だけでは我慢できなくなる。もっと熱くて大きくて、抉るような痛みを伴うそれがなければ虚しいだけだから。今は駄目だ、まだ。
足りない、もっとよこせ。全身が欲している。耐え忍ばなければならない。自らの体をぎゅっと抱きしめるようにしてレノは飢餓感を必死に押さえ込む。そのまま押し殺した声で告げた。
「早く帰って来い、よ」
今にも泣き出しそうな小さな声。ルードもまたレノが伝えようとした思いをすぐに理解した。離れ離れの二人は今夜どんなに求め合おうとも決して触れ合うことが出来ない。これ以上はきっと虚しくなるだけだから、今は息を潜めて待ち続ける。注がれる微笑みと口付けとが渇ききった身体を愛情の海に溺れさせてくれるまで。ひとりきりで漂っている。
「すまない、レノ…」
そばにいってやれないもどかしさに。可愛い感情の発露を受け止めてやれなかった後悔に。
「…いちいち、あやまんなっての」
「悪かった」
「だから…」
悪いのはルードではない。八つ当たりも喧嘩別れの原因も一人きりの夜を耐えられなかったのもみんなみんな。素直に謝ることの出来ないレノとは大違いのルード。お前は誠実すぎるんだ、だからこうしてバカをみる。自分には決して言えない言葉たち。誰か言ってやってくれ、あんたはまじめすぎるんだ、って。
「…それでもお前は悪くない、レノ」
「……そりゃ、どーも」
どうしてこんな口しかきけない。ひねくれものの悪い癖。その捩れ具合すら知り尽くしている唯一はいつもこうして赦してくれる。簡単に、明瞭に、純粋に。赦されてしまうからいつまでたってもレノの悪い癖は直らないまま。
「明日、戻ったら一番に会いに行く。待っていてくれ、絶対に行くから」
「ぜったい…だぞ」
「あぁ、約束する。絶対に。だからおやすみ、レノ…――レノ…」
やさしい声がレノを眠りの縁に誘う。帰ったらまず抱きしめよう、キスをしよう。ちぎれたふたり、漂いながらぴたりと重なり合う思いはきっと裏切らない。
2005/11/27
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