・「贄の徒花」より抜粋・
「甘い!」
男の声にはっと正面を見据えた角都は慌てて体を引いて間合いを取り直した。飛段に気をとられすぎて、右腕を危うく切り落とされる所だった。どぷりと溢れた血液が腕を伝い落ちてくる。
「余所見をしている暇はないと言ったはずだ」
男の唇に笑みが刻まれるのを角都は黙って見つめていた。飛段も始めこそうまく応戦できていたとはいえ、今は敵の攻撃を避けるだけで精一杯のようだった。
まさかこんな小物相手に自分が追い詰められるとは、と、角都は荒い息を繰り返しながらも必至に思考をめぐらせていた。飛段も角都も、このままでは共倒れになってしまう。飛段は逃げるだけで精一杯だ。どうする。
「死ね!角都」
「ちょこまかとうぜぇんだぁ!このガキがぁ!」
同時に飛段と角都に向かって互いの敵が一撃必殺を仕掛けてくる。敵の攻撃から逃れるようにして走りこんできた飛段が角都の懐に飛び込んできたのはそのときだった。
「角都!俺ごと吹っ飛ばして!」
叫ぶや否や飛段は角都の盾となり、兄の刃と弟の体術を思い切り正面と真横から受け止めていた。角都は瞬時に飛段の意図を察して、すかさず敵の兄弟ごと飛段を風遁で弾き飛ばした。敵側もまさか飛段と一緒に攻撃を浴びるとは予想だにしていなかったらしく、二人そろって角都の攻撃を真正面から受けることになり、飛段と一緒に四肢がばらばらにその場に吹き飛ばされて、あっけなく戦闘は終了してしまった。
「飛段……」
「へへ……おれ、やってやった、もん、ね」
手足と胴体、首、と、いくつものパーツにばらばらに飛ばされて、通常の人間ならば死んでいるはずのそんな姿になっても飛段は生きていた。首から上だけになっても飛段は初めての戦闘での勝利に、うれしそうに笑いながら、角都に話しかけてきた。
「ああ、よくやった、飛段」
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「誰だ」
殺気は全く感じられないが、こんな夜更けにこんな場所にいる人間がただの里の住人であるとは到底考えられない。
「カクズってぇの、あんたか?」
「……誰だと聞いている」
殺気を帯びた声音に、月明かりの下、姿を現したばかりのその男はけらけらと笑いながら「おぉ、怖ェ」とおどけてみせた。
淡い月の光に輝く撫でつけた銀色の髪と、角都と揃いの黒地に緋色の雲が描かれた外套姿。華奢な体に似つかわしくない三連の大鎌を片手に軽々と抱えている男。
「なぁ、あんたさ、オレと組まねぇ?」
何をしにきたのかと問う前に、男の方からあっけらかんと目的を告げられて、角都は身構えた。一体何を考えているのかもわからない飄々としたその態度が、角都の癇に障ったのだ。
「貴様、何をしに来た」
「何って……あんたが今この里に居るってリーダーが言ってたからよォ。暁はツーマンセルが基本なんだろぉ?あのクソリーダーの奴、誰か組む相手がいねぇんじゃ正式な尾獣集めのメンバーには入れらんねェっていうからよォ……待つの面倒だったし、直接交渉ってェの?」
「ならば他を当たれ。俺には組んでいる相手がすでにいる」
「でもどーせすぐ殺しちまうんだろ?」
ぎろりと角都に無言で睨まれて、男は再び「だからその怖ェ面どうにかしろってぇ」と甘えた声で角都を宥めにかかった。逆効果も甚だしいその男の態度に、リーダーも余計な情報を与えてくれたものだと角都はすでにうんざりしきっていた。
「色々話聞いてっとォ、なんかあんたが一番手っ取り早そーな感じしてよォ。ま、今は足りてんならすぐに無理は言わねェけど。あんたの相方、また殺しちまったときにはオレを次の相手にしてくんねーかなァ角都サンよォ」
「どちらにしろお前のような気安い男と馴れ合うつもりはない。他を当たることだ」
「ちぇ……」
「わかったらリーダーに伝えておけ、人をおちょくるのも大概にしろ、とな」
「あーあ。オレ、殺されても死なねーから、あんたにぴったりな自信、あったんだけどなァ……ま、気が変わったらいつでも言ってくれよな、なぁ、角都」
「馴れ馴れしく呼ぶな。本当に殺すぞ」
「だからァ、オレ、殺せねーっつってんだろ!まぁ、先に名乗らなかったオレも悪ィってことだからよ」
身軽に朽ちかけた寺院の屋根の上へと飛んだ男は、去り際角都に初めて名を名乗った。
(以下続く)
2007/8/10
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