・「ナナイロ」より抜粋・
少し前、ジュノンにやってきてすぐの頃、ルードはレノと共に支社の医務室で寝起きをしていた。
レノの様子がおかしいことに気づいたのはその頃からだ。もっともそれはすでにミッドガルにいた頃から始まっていたのかもしれないのだが。
レノはそれを決して周囲の人間に悟らせないように振舞うことにかけては天才的な才能を持っていた。誰よりも長く、近くそばにいる人、つまりルードのような人間の目をくらませてしまうほどに狡猾だった。
ある夜、ルードは見てしまったのだ。レノが魘されて跳ね起きる瞬間を。
一度目は気づかぬふりをして朝を迎えた。二度目のときにはそのときはじめて気づいたようなふりをしてさりげなく声をかけた。三度目の夜からは魘されていることに気づいたその都度、レノの肩をそっとゆすって悪夢から解放してやることにした。レノが覚醒するか否かというところでルードは再び眠ったふりをきめこむのだ。
レノがルードの密やかな行動に気づいていたのかどうか、ルードにはわからなかったが、レノが夜な夜な悪い何かに魘されていることに気づけたのはルードにとって幸いなことであると同時におそろしいことでもあった。
レノがそんな姿をルードにはっきりとわかるほどに見せるようになったこと。つまりそれほどにレノの精神力が弱っているという証だった。
レノという男は捕まえようとすれば逃げていき、棄てようとすれば途端にしがみついてくる厄介な人間だった。誰にも理解されたくないとわめいた次の瞬間には寂しくて死にそうだとからだを摺り寄せてくるようなそんな厄介な、むしろごく一般的な基準に照らし合わせれば狂っているとしか思えないような行動に走る向きがあった。
その誰にも明かさない心の内では、己の本心がどこにあるのかを誰かに悟られることを何よりも恐れている臆病な男なのだ。
ルードは深く付き合うに連れてレノの本質をそう結論付けた。だから他者の目を欺くことに関してはこと一流といっても良い、そんな危なっかしい人間の手を取り続けることが果たして自分にできるだろうかと、文字通りつきあい始めた当初そのことに頭を悩ませたことも数え切れぬほどあった。
それでもルードはこの、今の瞬間までレノの手を離さず逃さずずっと握り締めてきた。いつかこの手をするりと抜け出される日がやってくるかもしれないという思いは絶えずあったけれど、気づいたときにはルードにとってレノはすでに唯一無二の存在になってしまっていた。逃げ出されるかもしれないという不安は閉じ込めておきたいという強迫観念になってルードをレノに縛り付けていた。だから神羅がなくなってしまったあの瞬間も、ジュノンにこうしてやってくることになったときも、自分のタークスとしての立場が足元から崩壊してしまった今も、レノと時間を共にすることがルードに残された道で、他に何もないのだと思っている。むしろ他に欲しいものがあるかと聞かれればないと答えるだろう。レノがあれば良い、レノといられれば良い。世界の終末の風景をこの目に焼き付けた今だからこそ思うのだ。他に何があるだろうか。タークスとして二人で任務を果たしてきたその頃からずっと、それは変わらない思いだった。
けれどレノはそれを良しとはしなかった。
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「コスタの郵便集配所で情報収集後すぐにジュノンへ発つ。撤収はヒトロクサンマルだ。それまでにお前も頭を冷やしておけ、レノ」
「なんのことですか、と」
「ルードのことだ。お前、また何かやらかしたんだろう」
「……ツォンさんには関係ねぇな、と」
「良いかレノ。私はお前たちがどこで何をどうしようが構わない。ただしすべて任務に支障が出ない範囲においての話だ」
まさかこんなところで私生活についての説教をされるとは思ってもみなかったレノは面喰らっていた。このためにツォンとレノ、イリーナとルードという変則的な組み合わせで任務にあたることにされていたというなら、レノとて黙ってはいられなかった。
「別に任務にゃ支障なんか出てねぇのに、いちいちンなことまでツォンさんに言われる筋合いなんかねぇな、と」
「私とて今のこの危機的な状況でお前たちの問題にまで構っている暇はない。支障が出ていないうちは良いんだ。手遅れになるまえにどうにかしろと言っている」
「はいはい」
「レノ」
ツォンが咎めるように強い調子でレノの名を呼んだ。
「管理責任者として私もお前の性癖は書面のデータと日ごろのコミュニケーションの中である程度は理解しているつもりだ。今お前が感じているそれはタークスたるもの誰もが一度は通る道だと言って良い」
レノが悪夢に魘されて眠れない夜が続いている、そのことをツォンも薄々勘付いているようだった。
「……ルードにでも聞いたんですか、と」
ツォンはその質問に答えずに、しばらく間を置いてさらに続けて諭すように話しだした。
(以下続く)
2007/8/10
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