・きみがみつけてくれたから‐1‐・


何もなかった。本当に何もないのだ。
子供心に今年のバカンスは外れも良いところだと感じられるほど、そこは何もない場所だった。
神羅カンパニーの都市開発部門に現在勤めている父は、近頃出張続きだった。
なんでも魔晄炉がその周辺環境に及ぼす影響について早急に調査することが必要になったとかで、先月の頭頃から科学部門魔晄エネルギー調査チームの付き添いのような形をとり、ミッドガル外のあちらこちらの街を飛び回る羽目になっているようなのだ。
勿論父がそんなことを初等科に上がったばかりのルードに話してくれるはずもなく、その諸々の事情は早熟な子どもであったルードが父と母の間でかわされている「大人の」会話を聞きながら、自分なりにそう結論付けてみたまでのことだったりするのだが。

「今年もコスタ・デル・ソルがよかったな」
「仕方ないでしょ?お父さん、お仕事なんだから」
小さく呟いた言葉はしっかりとルードの右手を握った母の耳に届いており、その幼稚な発言を恥じたルードは即座に謝った。
そんなルードになぜか母は優しく微笑んで何も言わずにルードの手を引き、頬を撫でてキスをした。それはあまりに唐突で、何を思って母がそんな行動をしたのか、当時のルードには全く理解できなかったけれど。
きっと母はルードのそんな子どもらしいわがままをもっと聞きたかったのだろう。単純に嬉しかったのかもしれない。

ルードは母の笑顔に戸惑いながらも前の年、ルードにとって長い長い保育所生活の最後の年に当たるその年のバカンスを思い出さずにはいられなかった。
照りつける黄金色の日差し。からりと晴れ上がった雲ひとつ影ひとつ見当たらない空。空色と対になる美しい海。真っ白な砂浜、ビーチを行き交う人々の解放的な衣装、表情。観光客相手の見世物や土産物の露店が並ぶ活気溢れる通り。人の話し声、笑い声は絶え間なく響き、煩いほどに陽気な雰囲気が両手一杯あふれ出して街中からこぼれている。まさにバカンスのために存在しているかのような街だった。
それとくらべてここはどうだろう。どんよりと暗い雲に覆われた空の色。青々と生い茂った草地の中を時折吹き抜ける風の音は何かの獣の鳴き声のようにすら聞こえる、不気味な響き。時折外で遊びまわる子どもの声や家畜の声などが聞こえてくる他は全くといって良いほど無音だった。のどか、を通り越して静かな村である。静けさの中に取り残された寂れた村。そんな印象を受けた。

「一週間ほど、ここで過ごすことになりそうよ、ルード。空気の良い、静かな良いところじゃない」

そんなもの気休めにしか聞こえない、とルードは思った。
母は片手でルードの手を引き、もう片方の手には大きなトランクと小さなトランクをまとめて持って、村に一箇所しかないという宿へ向かって歩いていた。
宿といっても村に一軒しかない酒場兼小料理屋の二階を一週間の滞在の間、間借りするという形になっていた。この村には村外の人間がやってくること自体がほとんど無いのだという。ましてやバカンスでやってくる物好きなど推して知るべしといったところである。
ルードの父も母も、ルードが物心つく前からずっと神羅カンパニーに勤めていた。ゆえにルードは子どもの頃からほとんどの時間を神羅社員専用の保育所で過ごしていたのだ。そこにはルードと似たような境遇の子どもがたくさんおり、ルードもその点で不自由はしなかった。毎晩父か母どちらかが仕事の進捗具合に応じて迎えに来るまでそこで過ごし、家で食事をとって眠り、また朝になると父母の出勤に伴って保育所に預けられるという生活を今年初等科に上がるまで続けていたのだ。
そのため父と母と毎日のほとんどの時間を共に過ごせる毎年のバカンスはルードにとって、むしろ一家にとって重要な行事であった。
その年のバカンスをどこで過ごすかは毎年父と母が相談して決めているようだったが、今年なぜこんな辺鄙な土地になったのかといえば、父の仕事の都合が母の仕事の都合とあわなくなり、実質父の休暇が無い状態になってしまったからだったりする。
けれどせっかく取れた母のバカンスの期間、どうにかして毎年のようにどこか旅行に行けないものかと打ち出した苦肉の策が今回のこの状況なのである。
すなわち、父の環境調査の仕事にバカンスの期間母子がついていくような形をとったというわけだ。
息の詰まる喧騒の都会、ミッドガルを離れて風光明媚な田舎でのんびりと休暇を、との話に少なからず期待を寄せていたルードだったけれど、着いた先はあまりに何も無い土地すぎた。それも明るさのない、よそ者を寄せ付けない陰気な空気すら漂う田舎。まさに田舎としか言いようが無い。これまでルードが記憶しているバカンスで行った土地はどんな町にしろもっと明るく、たとえそれが静かな田舎町であってもどこかもっと、少なくともこの土地よりは漂う空気に穏やかさが感じられた気がする。
ルードの手を引く母はそんなことなど気にも留めぬ様子で、村はずれの酒場の戸を潜った。

ぼそぼそと要領を得ない様子でルードたちが泊まる手筈になっている部屋について案内をする間中、店の主はルードの母の姿を上から下までまじまじとぶしつけな視線で見つめていた。それもまたルードのこの村に対する印象を悪くしたのだった。
確かにルードの母は一児の母らしからぬ若々しく爽やかな雰囲気を持ち合わせていた。すらりと健康的に伸びた手足に洗練された都会の空気を纏っていた。レースのついた淡いブルーのブラウスに真っ白なロングスカート、日差しよけの大きなつばのついた白い帽子と白いサンダルというその出で立ちは村に入ってすぐから人目をひくものであったかもしれない。
気に入らない、思いもよらない展開ばかりにうんざりし、そして移動で疲れていたこともあって、その日は父の帰りを待たずにルードは早々に一階で母と食事を済ませ、眠ってしまったのだった。



2005/12/12

「もしもルドレノが幼馴染だったなら」、という設定で二人の過去を捏造しようという試みです。
色々嘘まみれで設定も後で弄ることがあるかも?しれませんが(勿論この設定はこのお話内のみで有効です・苦笑)。
まだまだまったり続きますのでよろしければしばらくお付き合いください〜。