・最後の日・


美しい夜だった。月明かりがあまりにもまぶしすぎて、人前に二度と顔を晒すことの出来ない俺は閉め切られた窓からわずかに差し込むその光さえいまいましく思ったのだ。
これが君といられる最後の夜。これが俺が俺でいられる最後の夜。
背後から聞こえてきた物音に俺は振り返りもしない。息を吸う音を背中で聞く。来るだろうことは予測できた。けれど俺はここを動けなかった。動きたくはなかったのだ。
「おにいさまを殺したのは、あなたなのですね、スザクさん」
「そうだよ……ナナリー」
仮面を外した俺をまっすぐに見据えてくる彼女の瞳を想像しながら、俺は彼女に背を向けたまま返事をした。
「僕は今日、ルルーシュを殺した」
そうだ、この両手で、彼の胸を貫いて。彼の命を奪った。
「スザクさん……私はあなたを恨んではいません。おにいさまは自らそれを望まれたのでしょうから。あなたはおにいさまの手助けをしてくださっていたのですね、ずっと」
「そうだね」
「ずっと…ずっと…おにいさまのことをまもってくださったのですね」
「……そう、かもしれない」
答える声が震えそうになる。ゼロレクイエム。彼と一緒に決めたあのときから、わかっていたことだったのに。
結局俺は今も、まだ。こうして。
君をこの手で殺した夜を一人でやりすごすことさえ出来ない。
明日の朝から本当の意味で枢木スザクはいなくなる。この世界から抹殺された俺は、ゼロになる。
墓を作ってもらったあのときとは違う。この体の底からくる震えは、おびえは、恐怖は。
世界にただ一人の記号になる、たったそれだけのことがこんなにも――。
「スザクさん、お兄様はしあわせだったのですよね」
背後から聞こえてくるナナリーの小さなつぶやきに俺は振り返る。
彼女の大きな瞳がみるみるうちに潤むのを俺はまっすぐに、ただ眼を逸らさずに見つめ返した。
「すべてを…私…たちの、ために……ぜんぶ、おにいさまは…おにいさまは……」
「そうだね、ナナリー」
ナナリーは聡い。わかっている、すべてを。この世にただ二人きりだった兄と妹だから。
互いを慈しみあい、手をとりあって、ただずっとこの、どうしようもなく彼らに厳しすぎる現実を生きてきたから知っている。
知ってしまった。ナナリーはもう、すべてを知ってしまったのだ。
俺は彼女の大きな瞳から溢れてこぼれおちる涙を指先でそっと丁寧に拭ってやりながら微笑みかけた。
「そうだよ。ルルーシュはしあわせだった。やれることを、やりきって。全部、自分の思い通りにして」
そして死んだ。
「おにいさまと…スザクさんが、組んで……できないことは、なかったの、ですもの……ね」
しゃくりあげる彼女のかなしい声を聞きながら、彼女のその青白い頬をつたう大粒の涙をぬぐってやりながら、俺はゆっくりと頷いた。
「そうだよ、ルルーシュはしあわせだった」
「……でも、……スザクさん……どうしてなのでしょう、涙が止まらないんです」
「そうだね」
最愛の兄を殺した男の手で涙をぬぐわれるナナリーが憐れで仕方なかった。

俺が殺した。
俺がきみを殺した。

「これは罰だ――」

きみの声が聞こえてくる。

嘘みたいな現実。現実みたいな嘘。きみが得意だったはずのもの。
俺は明日からきみになる。きみがつくった記号になる。きみの中の、一部になる。
俺は今日殺された。
俺はきみの肉体を殺し、きみは俺という存在をこの世界から抹消した。
明日を望んだ俺たちは、永遠に未来を捨てることで、今、俺の目の前にいる、彼女を。世界を、まもった。
これは俺ときみが望んだ罰。
これはきみが俺にくれた罰。
きみの罪は俺を殺せなかったこと。
きみの罪は俺を愛してしまったこと。

俺の罪は君を殺してしまったこと。
俺の罪は君を愛してしまったこと。

きみがいない
きみがもうどこにもいない。
きみのこえがきこえないよ、ルルーシュ。

ルルーシュ、ねぇ、ルルーシュ。

きみがこの世界のどこにもいない、それが俺に与えられた、ただ唯一の、罰。

2008/9/30

最終回直後に書いた日記から。