・おかゆ・
暁の金庫番を自任する男は金に目がないばかりでなく、とかく金の使い方にうるさかった。
彼以外の面子は組織の金銭出納簿になどこれっぽっちも興味がないようにみえるため、多少の目こぼしもあるのかと思いきや、その実角都は他の誰よりも自らを厳しく律しているのだから、開いた口がふさがらなくなるのはそんな男と行動を共にしなければならない飛段の方だった。
「肉!オレは肉が食いてぇの!」
「我慢しろ。今月はこれ以上無駄遣いする余裕がない」
角都に差し出された今日の夕飯はあつあつの湯の中に白い米と大根の切れ端が頼りなく浮いている代物だった。どちらかというとその見てくれはおかゆというより重湯と呼ぶほうがしっくりくるが、角都は粥だと先刻から主張している。
「無駄じゃねーだろォ!だぁーいじな暁のォー戦闘要員のーオレらのォ、メ・シ・だ・ぞ!」
「だからこそだ。一食や二食抜いた程度で死ぬほど俺たちは弱くない」
飛段の主張をぴしゃりとはねつけると、角都は姿勢を正して「いただきます」と声を発し、作りたての粥をすすり始めた。
「お前は死ななくてもオレは腹減りすぎて死ぬんだけどォ」
「ふん、この程度でお前が死ぬとは知らなかったな。ならば丁度良い、殺してやる」
「ちょっ…たんまたんま!なァ、角都ゥーマジごめんって。だってよ、野宿じゃないのなんて久しぶりだろー?そこらへんの硬くてまっずい獣の肉じゃなくて、ここらで買えばちゃんとした肉が食えんだぞ?考えなおしてくれよォ、なぁ、なぁ、なぁって」
互いの間を隔てていたテーブルを乗り越えて飛段は角都にすがりつくように擦り寄ってきた。
角都はそれでも微動だにせず粥を食べ続けている。
「食べる気がないのならお前の分もよこせ、飛段」
見下ろされる視線の鋭さは戦闘時におけるそれと同様の冷たい光を宿しているものだった。
「……食えばいーんだろぉがよぉっ!」
自棄になって再びテーブルについた飛段は、無造作に粥を蓮華で掬って口の中へと放り込んだ。
「あひゃぁひぃふぇふぇひぃぃ!」
途端、わけのわからない悲鳴を上げた飛段を、一足先に食事を終えた角都は怪訝そうに見つめる。
まさか粥の中に何か異物が入っていたとでもいうのだろうかと角都が身構える前に、ひとしきり悲鳴を上げて畳の上をのたうちまわった飛段が声を上げた。
「すンげぇ熱いぜ、これェ。口ン中も、ノドも、腹ン中もやけどしまくりできもちひぃ!ヒリヒリィ!」
火傷して真っ赤に腫れ上がった唇をぺろぺろと幾度も舌で舐めながら無邪気に笑う飛段に、ため息をつきながら角都は二度と作りたての粥を飛段の前には出さないことを誓うのだった。
おしまい
2007/2/5
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