・サニーデイソーダ・
アスファルトの上、照りつける午後の容赦のない日差しに全身をじりじりと焼かれながら隼人は走っていた。
並盛中の正門から商店街に向かう途中の角を一つ右に折れた先、小さな駄菓子屋の店先に置かれているアイスボックスの前には、この時期並中生の姿が途切れることがない。
珍しく先客のいないアイスボックスの前に立った隼人は、すぐに目当てのアイスキャンディを三つ手に取った。
一つは敬愛するボンゴレ十代目、ツナの分。もう一つは自分の分、あともう一つは仕方ないけれどついでに山本の分。
一本六十円でしめて百八十円。当たりが出たらもう一本と袋には書かれているけれど、未だに隼人はその棒に当たりの文字を見たことが無い。
噴き出した汗で額に髪がはり付くのも構わず再び学校まで走り出す。クーラーの無いいつもの教室に戻ろうとしてふと見つけた、無人のはずの保健室のカーテンの先に見えた人影に、自然とその中へと隼人の足は向いていた。
「なんだ、隼人かよ」
頬を上気させて駆け込んできた相手の顔を見るなり、やる気のない養護教諭はそう言った。
「なんだじゃねーよ、ヤブ医者。なんでいるんだよ」
「きれーなおねーさんに頼まれて、さっきまで三年生の模試の試験監督に借り出されちまってたの。そーいうお前こそどうした?」
今日は土曜日だ。通常の授業がない日に、本来ならばこの場にいるはずのない人間が互いに顔をつき合わせていることになる。
「スケコマシのくせして何が試験監督だよ。こっちは補習。十代目とあの野球馬鹿がな」
「お前は違うのか?」
「だって英語だぜ?俺も授業なんてほとんど寝てたから対象にはなってたけど。小テストクリアしたらもういいってよ。あの野郎……十代目に間違えた英単語の書き取りで補習の居残りさせやがってよ…!」
「で、それは二人への差し入れってわけだ?」
隼人が右手に下げているビニール袋を見てシャマルは言った。中には先刻買ったばかりのアイスキャンディが入っている。
「まぁな。俺だけ先に帰るわけにもいかねぇし。補習でお疲れになった十代目にな。野球馬鹿はついでだ、ついで」
「はいはい」
「げ、もう溶けてやがる…」
握ったビニール袋の中でぐにゃりと折れかかっているアイスキャンディの袋を見て、思わず隼人は呻いた。
「こう暑くっちゃなぁ……」
「ってお前はいつもクーラーの中じゃねーか!」
「なに、お前らクーラー付いてねぇの?」
「そーだよ。普通の教室にはねーの!冷凍庫借りるからな、シャマル」
「あーはいはい」
勝手に開けた冷凍庫に、隼人は無理やりアイスキャンディの袋を押し込んだ。製氷用の保健室の小さな冷凍庫の中には二袋がどうやら限界だったらしく、溶けかかったアイスキャンディの袋の一つを仕方なく隼人は取り出して、この場で食べてしまうことにした。
「隼人ぉー俺にも、ちょーだい」
「は?」
「だって二つに割れるやつだろ、それ」
鮮やかな水色をしたソーダ味のアイスキャンディには棒が二つ付いていて、真ん中から丁度半分に割って食べられるようになっている。
顔を顰めた隼人は一度シャマルの顔を睨みつけてから、渋々溶けかかったそれを半分に割ってやった。綺麗に半分には割れずにぐにゃりといびつな形に割れた小さめの方を隼人はシャマルに差し出してやる。
「お前はこっちで十分だろ、ほら」
差し出されたアイスキャンディの棒を手に取るより先に、シャマルは隼人の手に握られたままのそれを舐めた。
「甘いな……」
ぺろりと上唇を舐めながら呟くシャマルの口元をぼんやり見つめていた隼人は慌ててもう一度シャマルにアイスキャンディを手に取るように促した。
「じ、自分で持てよ。溶けるって」
言うそばから溶けたアイスが棒を伝って隼人の手に落ちかかってくる。
「ああ、ほんとだ」
見るや否や、溶けたアイスのかかった隼人の手をことさら丁寧な仕草でシャマルは舐め上げていった。指の先を滑る熱い舌の感触に思わず隼人は身震いする。
「なっ……あっ」
「あ……」
驚いて慌てた拍子に、両手に握っていたアイスキャンディを隼人が取り落としたのを見て、二人は同時に声を上げた。
「あーあ、もったいねぇなぁ」
「お、おまえのせいだろ!」
「……顔赤いぞ、隼人」
「うるっせえ!この変態ヤブ医者!」
ばたばたと慌しく冷凍庫の中のアイスの袋を二つ取り出して、隼人は逃げるように保健室を出て行ってしまった。
「なぁに想像しちゃったかねぇ……これだから中坊は」
残されたシャマルは床に落ちた二つのソーダアイスのかたまりを見つめて、肩をすくめて笑った。
2007/6/18
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