・「Kaleidoscope」より抜粋・
「……まだまだ覚えなきゃならねーことは多いんだろ!第一シャマルが教えてくれるって言ったんじゃねーかよ!」
そのとき抱きかかえた本は、ダイナマイトの扱いに関して書かれているものだった。シャマルがダイナマイトのことを教えてくれるようになってから、俺はまるで何かにとりつかれたかのようにシャマルが教えてくれる技の一つ一つを自分のものにすることに夢中になっていたのだ。
実際にダイナマイトを扱いながら技を教えてもらうのと同時に、その頃俺はシャマルから火薬や爆発物全般に関する知識をも叩き込まれていた。
シャマルの教え方は決して親切でもなければ丁寧でもなかったけれど、一つ一つの説明には確かに筋が通っていたし、わからないことに関してこちらから質問を投げかければ、俺の無知さを笑うことなくきちんと答えをくれていた。その頃俺の周囲の世界は、この城の中だけで完結してしまっていたから、シャマルのような大人は俺にとって存在そのものが貴重だったのだ。
悪いことは悪いと言ってくれて、良いことは褒めてくれて。一緒になってくだらないことで笑ったり、些細なことで怒ったり、泣いたり。時には一緒に悪戯をしかけてメイドから二人して叱られたこともあった。
城の外で暮らす同じ年頃の子供であれば当たり前だったはずのそんなことすら、その頃の俺は全く知らなかったのだ。
本当に何も、何も知らない子供だった。
それを俺が自覚したのは、シャマルが城から唐突に姿を消してしまってからのことだった。
革張りの分厚い本を抱えて離そうとしない俺に、その日シャマルはふわりと笑って、俺の頭を再び撫でながら言ったのだ。
「ったく…・・・とにかく今日は無理だ。これから出なきゃなんねーんだよ。また今度、な。それまでその本はお前が持ってて良いから。しっかり予習しとけよー?隼人」
俺の目の前にかがみ込んで、シャマルは小指を差し出してきた。
「指きりだ」
「ゆびきり?」
「日本じゃ大事な約束を交わすときにはこうやってな」
彼は俺の手をとって、互いの小指と小指の先をからめるようにしてみせる。
「ゆびきりするもんなだとよ。ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のます、ってな。だから続きはまた今度だ」
「絶対……絶対だからな!」
「ああ、絶対にな」
+++
何が起きたのか、頭が理解する前にすべてに対して体が拒絶反応を起したようだった。
シャマルの残酷な声と怜悧な瞳の色、そして「二度と来るな」という言葉が頭の中で先刻からもう幾度も繰り替えされていた。
本来なら、そうやって見切りをつけて三行半を叩きつけてやろうと思っていたのは隼人自身の方だったのだ。それがどうしたことだろう。蓋をあけてみればシャマルに絶縁を告げられて醜態をさらして挙句逃げ帰ってきてしまったのは隼人自身に他ならなかった。
どうしてこんなことになってしまったのだ。
沸々と湧き上がる怒りとも悲しみともつかない感情、あまりの悔しさに隼人の目尻には今や涙が僅かに浮かんでいた。なんであの男に自分がここまで酷い仕打ちを受けなければならないのだ。第一初めから誤解を招くような行動をとったのはシャマルの方だったし、シャマルが事前に出張のことを一言でも隼人に告げていてくれれば隼人がここまでシャマルに対して苛立ちを覚えることもなかったはずなのだ。文句を思い切りぶつけて、洗いざらい、話せることは互いにぶつけあってすっきりすれば、もう少し自分たちのこの怠惰すぎる関係にも変化が訪れるのではないかと、どこかで期待していたことを今更ながら、隼人自身思い知らされていた。
「ばっかみてぇ……」
ぽつり、と。涙と一緒にこぼれた言葉は真実そのものだった。
ばかみたいだ。一方的に思って、振り回されて、挙句、酷い言葉で貶められて、壊れかかっている自分が、何よりも惨めで馬鹿らしかった。
(以下続く)
2007/8/15
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