・残り香を覚えている=1=・

もう何度怒鳴ったかわからない。
「服くらい着ろ!服くらい」
「えー。めんどくせぇからやだ」
「気色悪い言い方すんな!見ろ!鳥肌立っちまったじゃねぇか!」
「寒気がすんなら俺があっためてやるって隼人、ほら」
さぁ、と両手を広げて見せるベッドの上のシャマルは一糸纏わぬ生まれたままの姿。つまり素っ裸なのだ。
「寄るな!触んな!果てろ!この変態スケコマシ!」
手近にあった枕を取ってシャマルの顔めがけて力一杯投げつけると、それは意外にもあっけなくシャマルの顔面にヒットした。
「いってぇなぁ……なにしやがんだ」
枕の直撃を受けた鼻を押さえながらシャマルは涙目でベッドサイドに立つ隼人を見上げてくる。思わずたじろいだのは隼人の方だ。
「あ、あんたならそんなもんすぐ避けられただろっ……」
「だってまさか隼人に枕投げられるなんて思わねーだろ。って、あ、お前なに、今ので罪悪感とかちょっと感じちゃったわけ?」
にまにまと嬉しそうに笑ってみせるシャマルのにやけ面にわなわなと肩を震わせながら、隼人は無理やり話題を本題に引き戻した。
「黙って聞いてりゃ……ンのあほ医者!大体おっさんの裸なんてキモイに決まってんだろ!なんで家帰った途端に全部脱ぐんだよ!四六時中目に入る俺の身にもなれ!」
「じゃあ見なきゃ良いだろ、見なきゃ」
「見たくなくっても見ないわけにいかねぇだろ!」
「どーして?」
「そ……れは……だな、その、そりゃ……そうだ、な。わかったよ……ここにゃしばらく寄らねーし、必要があってもあんたのプライベートってやつには立ち入らねぇ。それで良いんだろっ」
「まぁ、それでお前が良いんなら……好きにすれば?」
「じゃあなシャマル。俺、もう来ねぇから」
慌しくそのままシャマルの家を立ち去る隼人の背中を視線だけで追って、シャマルは静かになった部屋の中で煙草にそっと火を点した。
相変わらずの売り言葉に買い言葉。隼人のやせ我慢がいつまで続くのかわからないけれど、今日は少しからかいすぎたのかもしれない。
そこまで考えて、ふと珍しく反省している己のその思考に気づいたシャマルは吸い始めたばかりの煙草の煙を吐きながら苦笑するしかなかった。これではどちらがやせ我慢しているのかわからない。
「早く帰ってこいよ……隼人」




シャマルの家に行かなくなってから二週間が過ぎた。
当然といえば当然の話だが、学校で時折すれ違う以外に接点がなくなると、以前のように二人きりで会話を交わすこともほとんどなくなってしまっていた。
たった二週間、されど二週間なのだ。
「獄寺くん、どっか具合でも悪いの?」
二週間と一日がたったその日、昼休みに突然ツナから尋ねられて、隼人は咥えていた煙草を思わず落としてしまうほど驚いた。
「なっ……十代目!ど、どうしてそんなことおっしゃるんです!」
「だって、最近なんか……獄寺くん時々すごい表情してるからさ。前に山本が悩んでた時みたいに、なんていうか、思いつめてるっていうか……うーん、その、うまく言えないけど……あ、でもほら、なんでもなかったら別に良いんだ。ごめんね、突然こんなこと言ったりなんかして!」
わたわたと両手を振りながら焦って言い訳をし始めるツナに、隼人は感激してその手を力一杯両手で握り締めた。
「じゅ、十代目……!そこまで俺のことを見ていてくださったなんて……っ」
「いや、その……あの、獄寺くん、落ち着いて……」
「申し訳ありませんでした!十代目にこんなことでご心配をおかけするなんて、右腕失格です!ちょっと出直してきます!」
言うや否や、脱兎のごとく駆け出していった隼人を、残されたツナは呆気にとられながら見送るしかなかった。
「獄寺はいっつも一直線だからなぁ……」
「山本……!ほんと、どうしちゃったんだろ、獄寺くん……」
いつのまにか背後に立っていた山本に向けて溜息をついて応じたツナのその肩の上に、山本はとん、と軽く手を乗せた。
「ツナが気にすることじゃねーだろ。あいつの問題だ。他でもないお前が気づかせてやったんだ。片付けたらまた元通りになって帰ってくるって」
「だといいんだけど……」



2007/6/5