・喪失・
それはあまりにも唐突過ぎて、彼が完全に消えてしまったと理解するまでゆうに三日はかかったように記憶している。
時折何かの仕事でふらりと城から姿を消してはまた何事もなかったかのように戻ってくることも多い彼のことだったから、きっと今回もそれなのだろうと楽観していたのは初めの日の半日だけだった。
周囲の人間たちの間からどこからともなく漏れ聞こえてくる声に、そしていつもとは違う城の空気に、ああ、きっと彼はもう二度とこの場所へ戻ってくることはないのだろうと頭の中で結論付けてみても、理解することができなくて、納得することもできなかった。
書斎の扉を開ければ、また「どうした?」といつものように笑って名前を呼んでくれるのではないかと、その後もしばらくの間、日に三度は彼の定位置だった書斎の扉を開けていた。
毎日扉に手をかけるたび、期待と不安で胸が押しつぶされそうになった。ほんの少し、わずかに隙間から部屋の中が見える程度扉を開けると、それまでと変わらぬ場所に置かれたままの家具と備品、医療器具が見えてはっと息を飲む。けれどそこにはやはり彼の姿だけがないのだ。
彼が戻って来ないと知った日から始まった絶望の夜。
その傷を痛みと思わなくなったのは、その後更なる絶望が隼人の心を闇の中に突き落としたからだった。
シャマルがいなくなってすぐ、家族はみんなばらばらになり、幼かった隼人も城を出ることになったのだ。
城を出てマフィアの世界に身を投じてからはその日その日を生き延びることに必死で、シャマルのことを思い出している余裕なんてなかった。
忘れてしまいたいと願っていたせいもあったのかもしれない。一度にすべてを失った子どもが身一つで生き延びることの厳しさなんて、それまで想像すらしたことがなかったのだ。
すべてを与えられ、穏やかで何も変わらない毎日がただひたすら繰り返される退屈な城での生活。
つまらないと駄々をこねては周囲の大人を困らせていた日々がどれだけ大切で愛おしいものだったのか。どれだけ自分があの城に、周囲の人間たちに護られていたのか。
失ってからしか大事なことは気づけないのだ、いつだって。
だから彼がいなくなってしまったことも罰なのだと思った。
退屈な日々を持て余していた子どもの自分に、ささやかな非日常を与えてくれた彼が目の前から消えてしまったことは、彼に甘えていたことに気づけなかった己への罰なのだと。
彼のことが本当に大好きで大切だと、とうとう最後まで素直に告げられなかった罰なのだと。
もしもこの世界に神様というやつがいて、彼ともう一度出会う機会を与えてくれたなら。
そのときには彼にきちんと告げようと思っていた。
大好きで、大切で、あんたが傍に居てくれて、俺は救われていたんだと。
願いはそして現実になる。
それはあまりにも唐突すぎて、彼が再び自分の目の前にいるということが信じられなかったのだ。
2007/6/17
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