・パスタを美味しく食べる方法・
その椅子にはぷりぷりの可愛い女の子しか座らせたことはねぇんだがなぁ。
嫌そうに眉を上げるシャマルの顔を横目に隼人はテーブルの上に頬杖をついた。
女以外は連れ込まないはずのその家の中に足を踏み入れたのはこれが初めてのことではなかったけれど、それでもやはりどこか落ち着かなくて目のやり場に困った挙句、とりあえずリビングの椅子に勝手に腰掛けてやることにしたのだ。
「なんか食うか?隼人。腹減ってんだろ」
何気なく問われた言葉に驚いて顔を上げるとシャマルのにやけた表情が目に入ってきて不快になった。
「別に……」
答えようとしたその矢先に腹の虫がぐうと鳴って、隼人は真っ赤になって慌てるしかなくなった。
シャマルは声を殺してくつくつと笑い出す。
「腹の方は随分と素直に育っちまって」
「うるっせぇなこのスケコマシ!」
「はいはい。隼人ぼっちゃんにご満足いただけるようにせいぜい腕を揮わせていただきますとも」
「だからそれが余計だっつってんだろ!」
キッチンに立ってエプロンを身に着けながらシャマルは大げさに溜息をついてみせた。
「ったく……お前もいちいち可愛くねぇなー隼人」
「可愛くなってたまるかってんだよ」
むくれてぷいとそっぽを向いた隼人にシャマルはあっさりと背を向けると、まずは冷蔵庫を開けた。
ざっと中を眺めて、シャマルは作り置きしていたジェノヴァペーストの瓶を手に取った。
「パスタで良いよなぁ、隼人?」
背後も見ずに問いかけた相手から返答はなかったが、異存はないということだろうと判断して早速パスタ作りにとりかかる。
リビングから見えるその後ろ姿を隼人はぼんやりと眺めていた。日本へ来て、彼の傍にこうして居るようになってから知ったことだが、シャマルは料理が上手い。
今だって海老の殻を剥いて背わたを取るその手つきには無駄が無い。本人曰く、可愛い子猫ちゃんたちの要望に応えているうちにレパートリーが増えてしまったとのことだったが、料理自体がそもそも好きでなければこれほどの腕前にはならないだろうと隼人は思っている。
あっという間にテーブルの上に二人分並んで乗せられたのは、ジェノヴァソースの海老のパスタの皿だった。
松の実を炒って新鮮なバジルとペーストにしたソースは、市販のものではなく一からシャマルの手作りだ。
パスタの茹で加減は正しく南イタリアのアルデンテ。ソースとの絡み具合も決して日本のパスタのように汁気が多くべっちゃりとしていない絶妙なものだった。
「どーだ、美味いか?」
何と返事をするべきか悩んで、答えを出し切れなかった隼人は黙って小さく頷いた。
美味いよ、美味い。
あんたの作るものならなんだって。
あんたと食うものならなんだって。
そう言えたならどんなに良いだろう。
何度も、何度も繰り返し、心の中で呟く言葉はいつだって口に出す前に消えていく。
「そっか、そりゃあよかった」
それでもこうして満足そうに微笑むシャマルの顔を見られるのなら、また次も素直な腹の虫に目一杯甘えてやろうと思うのだ。
2007/5/27
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